20-01号:オーバーツーリズム

京都にがっかり

「旅は私にとって精神の若返りの泉である」と言ったのは童話作家のアンデルセンですが、デスティネーション・ツーリズムは世界で八・八兆ドル規模の産業であり(2018年)、世界のGDPの10.8%を占める世界の一大産業です。環境保護を叫ぶグレタ・トゥンベリさんの「飛び恥」、いわゆる飛行機忌避運動もあるものの、やはり旅行というものは私たちの生活に非日常性という刺激を与えてくれます。

そうした観光産業ですが、最近では新しくオーバーツーリズムという問題が浮上してきています。これは観光地にキャパシティ以上の観光客が押し寄せることをいい、典型的には溢れかえる人混み、渋滞、ゴミや騒音、近隣住民とのトラブルなど、無視できない影響を与えています。実際、京都に旅行した外国人観光客などでも、本来は古い歴史や落ち着いた神社仏閣を訪れ「雅(みやび)の世界」を味わうつもりで来たにもかかわらず、実際は人で溢れかえって移動するだけで疲れてしまったという人は多いものです。


政府観光局の転換

オーバーツーリズムの問題は実際に政策当事者の意思決定に影響を与え始めています。オランダ政府観光局は「2030 Perspective(2030年への展望)」と題した活動指針の中で観光戦略を大きく転換し、これまでの誘致中心、経済活効果重視の方針から、よりサステイナビリティ(持続可能性)を重視した方針へと移行しました。具体的には(1)バランス重視、(2)オランダ各地への需要分散、(3)交通アクセシビリティの改善、(4)排ガス削減や資源再利用などサステナビリティ対策、(5)ホスピタリティ強化を戦略課題としています。予算も削減され、海外拠点はドイツ、ベルギー、英国、フランス、北米の五カ所のみに限定し、スペイン、イタリア、日本の支局は2020年3月末で閉鎖することになっています。国連世界観光機関(UNWTO)によれば、世界の旅行人口は2030年までに現在より約5億人増の18億人に達する見込みで、旅行者がもたらす社会的なインパクトは良くも悪くも無視できない時代が来ています。現在の日本にとって訪日外国人の増加は確かに「干天の慈雨」ではありますが、プロモーション一辺倒からマネジメントへと視点を移していく必要があるでしょう。


サステナビリティへの行動

「持続可能な観光」というテーマはSDGs(持続可能な開発目標)にも関係し、世界的に関心が高い分野ですが、まだまだ日本では周知されていないのが実態でしょう。ブッキングドットコムの2019年の調査によれば「宿泊先がエコに配慮していると知った場合、予約する可能性が高い」という問いに対し、世界全体は70%がイエスであった一方で日本人は36%とかなりの低水準となっています。また、日本人の34%は「旅行は特別な時間であり、サステナビリティについて考えたくない」としており、世界のトレンドからの乖離が感じられます。

実際のところ、オーバーツーリズムの問題はほとんどの場合、人気観光地の局所的な現象にすぎません。絶対量というよりも偏りに問題があるのであって、適切な管理と秩序だった開発を行うことで解決できる問題なはずなのです。ただ、都市同士の競争であったり、都市内における施設ごとの競争であったりと、観光地自身の我田引水的な発想がより高い次元での問題の解決を難しくしてしまっています。ミクロ・マクロで受け入れられる観光許容量の管理と保つべき観光レベルの質という両面を踏まえ、都市同士・施設同士の周遊をベースとした送客を行っていくことで地域全体としてより質の高い観光を提供することができるでしょう。

ドイツの文豪ゲーテは「人が旅をするのは目的地に到着するためではなく、旅をするためである」と言ったそうです。オーバーツーリズムの問題は、うまく対処できれば観光地の一極集中を解消し、新しい需要を各地方に喚起する効果があるでしょう。地方住民と観光客との融和を促進し、お互いが新しい刺激を受けて「旅」本来の効果を発揮するきっかけになるものです。観光業は平和の産業、旅における出会いから更なる発見と刺激が得られ、相互理解と友好の輪が広がるよう、世界全体で対処していきたいものです。

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