20-02号:植物肉は拡大するか

植物肉への注目

最近、植物肉が熱いです。いや、植物肉だけでなく、培養肉も熱いのですが、とにかく来る人口爆発に伴う食糧問題を解決するベンチャー企業が相次いでいます。植物肉自体は昔から存在しますが、最近では畜産に伴う環境負荷を和らげる選択肢として急速に注目を集めています。

ところで、確かに植物肉はブームですが、「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」と同様、本当に「動物を飼えないのだったら、大豆肉を食べればいいじゃない?」という話になるのでしょうか。植物肉は大豆やえんどう豆を原料としますがが、それを踏まえて少し考えてみましょう。


世界の大豆生産の構造

世界の大豆需要は、人口の伸びを上回って増加しており、主に飼料需要(大豆ミール)と食油需要(大豆油)に使われています。世界全体で年間約三億五千万トンの大豆を生産していますが、米国・ブラジル・アルゼンチンの三ヵ国で約八〇%のシェアを占めるほど生産国が偏っているのが特徴です(米国とブラジル・アルゼンチンは季節が逆で、収穫時期も約半年間

ズレています)。消費は中国が最大(約一億トン)で、米国、アルゼンチン、ブラジルが続き、世界全体の八割弱を占めています。世界における大豆輸出は一億五千万トンですが、うち中国が九千万トンを輸入しているというのですから驚きです。

中国は大躍進政策の失敗時に大飢饉に見舞われた経験から、穀物の自給自足についてはかなり神経質です。結果として十四億人の胃袋を満たす穀物(米、麦、トウモロコシ)は国産で賄おうとしており、結果として大豆生産については自給自足を諦めるという政策をとってきました。中国の生活水準が上がるにつれて飼料用大豆(要するに豚肉)の需要が増大し、結果的に大量の大豆を中国は輸入せざるを得なくなっているのが現状といえるでしょう。

こうした変化は世界の大豆生産そのものに影響しています。先に述べた通り、世界の大豆輸出一億五千万トンのうちの約九千万トンを中国が輸入しているわけで、結果として米国・ブラジル・アルゼンチンの農家は次々と大豆栽培に切り替えていきました。今では全米での大豆生産は小麦を上回っており、ブラジル、アルゼンチンでも他の穀物全ての作付面積を越えて大豆が生産されています(ある意味で経済的に発生したモノカルチャーといえるでしょう)。昨今話題になっているブラジルにおけるアマゾン熱帯雨林の消滅についても、結局は土地を大豆生産や牛の放牧に使うものですので、中国が飼料用の大豆輸入を減らす、すなわち豚肉の消費を減らさなければアマゾンの消失は止まらないことになるはずです。結局はニーズがあるからアマゾンを燃やすわけですので、中国だけと言わず、我々食べる側の責任こそ問われなければならないでしょう(なお、中国人に豚肉を食べるなというのは日本人に魚を食べるなというのと同じですし、アメリカ人にBBQするなと言うようなものです)。


植物肉へシフトするのか

米国の食肉代替食品の普及を目指す団体であるグッドフードインスティチュートによれば、インゲン豆一キログラムを生産する際に使用する環境資源は、牛肉一キログラムを生産するよりも遥かに小さく(概ね各資源十分の一以下)、確かにうまくシフトできれば植物肉の方が環境に優しいことになります。ただ、もし大幅にシフトが進めば現在の畜産業と農業のどちらも市場が激減すること、またわざわざ「肉に似せたコピー品」をどこまで消費者が欲するかが微妙なところです(「植物肉を食べるのであれば、大豆をそのまま食べればいいじゃない」)。欧米ではもともと肉業者は相対的に高い社会的地位を保ってきましたし、農家も需要減には大きく抵抗します。消費者も明らかに美味しいわけではなく、まだ値段も高い植物肉に対し、どこまで資源を割くか、なかなか難しい問題です。環境保護というグローバルな動きと市場原理、そして文化的背景を考えると、植物肉は肉食の変化の一里塚に過ぎないように思います。最終的には培養肉技術が発達し、再生医療的な発想で各肉が工場で大量生産されるようになるのではないでしょうか。次のイノベーションを市場は待っているように思います。

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