トランプ次期大統領が採りうる政策と経済への影響

1.米大統領選でのトランプ氏の勝利とその背景


11月5日に投票が行われた米国の大統領選はトランプ氏が勝利し、同時に行われた議会選挙も上下院とも共和党が勝利したことで、いわゆるトリプルレッドが実現しました。接戦になるだろうという事前予想に反して、トランプ氏・共和党の大勝となった背景には、7月のレポート(米国の移民状況と日本への含意)でも触れましたが、移民増加やインフレなどに関して現政権である民主党への不満が蓄積していたことがあると思います(図表1、2)。

図表1:米国の最も重要な問題についてのアンケート調査

図表2:今後10年間で不法移民が米国の脅威となるか

実際、米国は全体としてみれば経済は好調を維持していますが、就業者数の内訳をみますと、移民が多く含まれる
「外国生まれ」は増加が続いている一方、「現地生まれ」は既に前年から減少しています(図表3)。

図表3:米国の就業者数についてのアンケート調査

2. トランプ次期大統領の政策と経済への影響


まず、トランプ氏の政策について共和党の政策綱領やトランプ氏の発言等から確認すると、中でも財政政策、通商政策、移民政策が米国経済への影響が大きいと考えられます(図表4)。

財政政策は、まずトランプ前政権が2017年12月に導入した、所得減税を中心とした所謂トランプ減税の恒久化があります。この政策は、所得税率の税率構造を従来の「10%、15%、25%、28%、33%、35%、39.6%」から、「10%、12%、22%、24%、32%、35%、37%」に変更して全体的に税率を引き下げましたが、その期限が2025年末に到来するため延長・恒久化を企図しています。また、トランプ前政権は法人税も35%から21%に下げましたが、更に15%まで引き下げることを目指しています。

通商政策については、トランプ前政権でも中国の関税を3.1%から19.3%に引き上げましたが、更に追加で中国に60%、その他の国全般にも10~20%の関税を掛けることとしています。移民政策については、不法移民が米国に1,500~2,000万人存在するとして、そうした不法移民の大量送還や国境警備の強化を挙げています。

図表4:トランプ氏の主な政策

こうしたトランプ氏の政策は実際に全て実現するでしょうか。

結論から言いますと部分的な導入に止まるのではないかと考えています。その理由として、まず最初にマクロ経済への影響が大きすぎるということがあると考えています。米国のピーターソン国際経済研究所が9月に公表したレポートでは、トランプ氏の関税賦課と移民送還の経済・物価への影響が試算されています。関税引き上げについては、輸入品に関税を掛けるためそれが消費者への販売価格に転嫁されることで物価が上がるほか、インフレを受けて景気にはマイナスの影響があると想定されます。このレポートでは、中国に60%の追加関税を賦課した場合、中国も報復措置を採ると米国の実質GDP成長率が最大0.4%程度低下し、インフレが0.7%程度押し上げられるとしています(図表5、6)。

図表5:中国60%追加関税の各国実質GDP成長率への影響

図表6:中国60%追加関税の各国インフレ率への影響

また、中国以外の国の関税を10%引き上げた場合、米国への影響は中国の60%追加関税より大きくなります。報復関税有りの場合は、米国の実質GDP成長率が最大0.9%程度押し下げられ、インフレも約1.3%上昇します(図表7、8)。中国60%とその他の国10%の追加関税を両方行った場合、最大で米国の実質GDP成長率は1.3%低下し、インフレ率は2%押し上げられることになります。

図表7:10%基礎関税の各国GDP成長率への影響

図表8:10%基礎関税の各国インフレ率への影響

次に、移民の送還ですが、コロナ禍以降の米国経済は不法移民の流入が個人消費等の需要に貢献して好調を保ってきたほか、高まる労働需要を移民が補ってきたことでインフレが抑制されてきた側面があるため、移民の減少は成長率を低下させることに加え、労働需給のひっ迫による人手不足から賃金が上昇しインフレ要因となります。その具体的な影響について、トランプ氏が言及する不法移民1,500~2,000万人のうち、働いている人数が約830万人と仮定してその全てが強制送還された場合、実質GDP成長率は最大9%弱押し下げられ、インフレは3.5%弱上昇と多大な影響があると試算されています(図表9、10)。かつて共和党のアイゼンハワー政権が1956年に不法移民を130万人程度検挙したことに倣い、労働者130万人を強制送還するとした場合には、実質GDP成長率を1%程度押し下げ、インフレを0.5%程度押し上げるとの試算になっています。

図表9:移民送還による米国実質GDP成長率への影響

図表10:移民送還による米国インフレ率への影響

米国の平均的な成長率である潜在成長率は前年比+2%強、足元のインフレ率は3%程度であるため、仮に通商政策だけでも中国60%とその他の国10%の追加関税がフルに実行されれば、景気に大きく下押し圧力が掛かる一方、インフレが大きく上昇するスタグフレーションに陥る可能性があると想定されます。また、関税は継続的に上げ続けない限りは前年比でみた物価や経済への悪影響は一時的なものになりやすい一方、移民に関しては強制送還に加えて流入抑制が続けば、米国の労働者数の増加を抑え続けることで経済の下押しが続くことになるため、より悪影響が長引く可能性があると思われます。

次に、現在はトランプ氏が前回大統領に就任した2017年とマクロ環境が違うということもあると思います。具体的には2017年と違って、足元は①財政懸念、②インフレ懸念があると考えています。

まず、①財政懸念について、米国の財政赤字はコロナ禍で大きく増加した後、足元もコロナ禍前と比べれば拡大した状態が継続しています(図表11)。米国議会予算局(CBO)の試算では、FRBの大幅利上げの影響による利払い費の増加によって、仮に追加の財政支出がなかったとしても財政赤字は足元程度の水準が継続することが予想されています。それにトランプ氏の財政政策が加わると、リーマンショック後並みの水準の財政赤字が継続することになります。

図表11:米国の財政収支の見通し

こうした状況に対し、米格付会社のムーディーズは、今年9月に「次期政権が打ち出す税と支出の政策は将来の財政赤字規模を左右し、財政力の低下予想に影響する。その結果として米国の信用格付けに著しい影響を与えかねない」と警告しているほか、パウエルFRB議長も「米政府は持続不可能な財政路線を歩んでいる」と言及しています。また、今回の大統領選選挙ではトリプルレッドとなりましたが、下院の共和党と民主党の差は10議席に止まっています。下院の共和党には財政緊縮派の議員が相応に存在しており、大幅な財政拡張にはこうした議員の協力を取り付ける必要があるため相応にハードルが高いと考えられます。

②インフレ懸念についてですが、トランプ1次政権が始まった2017年にはインフレ率は前年比+1%半ばと物価目標の2%を下回っていたほか(図表12)、経済全体の需要と供給の差を示す需給ギャップもマイナスと需要不足の状況にありました(図表13)。翻って足元の状況をみますと、インフレはFRBの大幅利上げ等を経て漸く3%程度まで低下してきましたが未だ2%の物価目標を上回っているほか、需給ギャップはプラスと需要超過の状況にあります。こうした状況下で大幅な財政出動を行えば、需給逼迫からインフレが再度上昇することが予想されます。

図表12:米国のPCEデフレーター

図表13:米国のGDPギャップ

米大統領選でのトランプ氏の勝利には、バイデン政権のインフレへの対応に対する国民の不満も背景にあったと思いますが、財政拡張や関税賦課、移民の強制送還はやっと落ち着いてきたインフレの状況を悪化させ、ひいては景気も冷やすため、実行されれば国民の不満が次期トランプ政権に向かうことも考えられます。なお、ある程度大統領令で実行可能な関税政策や移民政策は25年初の大統領就任後に比較的すぐ実行に移すことが可能な一方、財政拡張は夏から秋にかけて議会での予算審議を経て決定されるため、関税政策や移民政策による悪影響の方が先に表れると想定されます。

こうした経済への影響の大きさや足元のマクロ環境等を勘案すると、財政政策は実行できても25年末に期限が来るトランプ減税の延長位で、法人減税等を大幅に行うことは難しいと予想しています。関税に関しても、トランプ氏は11月末にメキシコとカナダに25%、中国に10%の追加関税を就任初日に導入する意向を示しましたが、トランプ第一次政権時に公約では45%まで引き上げるとした対中関税は結局19.3%までしか上げなかったこと等を勘案すると、中国への関税は徐々に引き上げられる可能性はありますが60%には至らず、その他の国への追加関税もディール目的で実際には一律に行われない可能性も多分にあるのではないかと思います。

移民政策も新たな流入の制限等は行われると思いますが、強制送還は経済・物価への影響が大きいことを鑑みると、大々的に行うことはなかなか難しいのではないでしょうか。
但し、トランプ氏の行動を事前に予想することが難しいことは第一次政権時の経験から分かっていることでもあり、特に関税や移民政策は議会を通さず大統領令で行える部分も多くあることから、経済・物価への影響を度外視して実施される可能性も否定はできません。来年から4年間、世界経済はトランプ氏の行動に大きく振らされることになるため、経済への影響を含めよく注視していきたいと思います。

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