1.7月末の日米の協調介入
7月31日に日米協調での円買い為替介入が行われました。過去の協調介入を振り返りますと、直近では、2011年3月の東日本大震災の時に円高を阻止する目的で円売りの日米協調介入が行われ、その前はユーロ安を阻止するために2009年9月に日米欧による協調介入がありました。もっとも、今回と同様に、円安の進行を阻止するための日米協調介入は、1998年6月以来と実に約30年ぶりです。今回の協調介入を受けて、1ドル164円手前まで円安が進んでいたドル円相場は一時155円台まで円高が進みましたが、足元は160円程度まで戻しています(図表1)。本レポートでは、円買いの日米協調介入が実行された1998年6月の事例も振り返りながら、今回の為替介入の背景や持続性、それを受けた日本の財政・金融政策について考察してみます。
2.今回の協調介入の経緯や目的
今回の協調介入を時系列で確認すると、7月30日に高市首相が食料品の消費減税を来年4月から2年間行う方針を示した後、日本時間の夜に日本の政府・日銀がドル売り・円買い介入を実施しました。その後、7月31日にNY連銀がユーロ売り・円買い介入を実施して、8月3日には財務省が正式に片山財務大臣の談話として「7月31日(金)、日本国財務省は、米国財務省と協調して円買い介入を実施した。今回の協調介入は、2025年9月に発出した日米財務大臣共同声明に基づき実施されたものであり、最近見られた円の過度な変動や無秩序な動きに対処したものである。日本国財務省は状況を注視し、米国財務省との緊密なコミュニケーションを維持している。我々は、今後、更なる協調介入を実施することも躊躇しない。」と公表しました。米国側もベッセント財務長官が8月3日にXで、「協調為替介入は、円相場の無秩序な値動きに対応するためのもの。必要と判断すれば、さらなる協調介入への参加もためらわない」と投稿しました。
では、何故米国は日本の円安進行の阻止に協力したのでしょうか。ベッセント財務長官は、8月4日の日経新聞のインタビューで協調介入を実施した理由を聞かれ、「日本の通貨安がアジア全域へ波及することを警戒したため」と答えています。もっとも、ベッセント財務長官が説明した理由以外にも米国には、日本の円安や金利上昇が米国に波及することを懸念したことがあると考えています。日本の為替介入の原資は日本の外為特会にある米国債です。日本は、米国内の保有者を除く海外勢では米国債を最も多く保有しており、日本が為替介入をするたびに米国債が売られ、米国金利には上昇圧力が加わることになります。その規模は今回の為替介入だけで15兆円となり、4~5月も含めた26年の総額は現時点で27兆円にものぼります。また、日本では円安が進むと、円安を阻止するために日銀の利上げが加速するのではないかとの観測が強まることにより、日本の金利が上昇する傾向にありました。こうした日本の金利上昇が米国に波及する事態も米国は回避したかったとみられます。
3.1998年6月の日米協調介入から得られる示唆
1998年6月の日米協調の円買い介入は、日本のバブル崩壊やアジア通貨危機の余波もあり1ドル145円程度まで円安が進んだタイミングで行われました。もっとも、米国による為替介入が1回に止まったため、約2ヵ月でドル円相場は介入前の水準に戻りました(図表2)。その後は、8月のロシア債務危機やLTCMショックという全く違う要因で大幅に円高が進行することになりました。この事例をみますと、協調介入の効果の持続性は円安が進んだ際に再度、米国が介入に踏み切るかがポイントと言えそうです。今回、ベッセント財務長官は「必要と判断すればさらなる協調介入への参加もためらわない」と述べています。一方、今回の米国による介入のポイントはドル売りではなく、ユーロ売りで実行された点にもあります。ドルではなく、ユーロで介入を行った理由として、ベッセント財務長官は欧州に対して「今回の措置は、外貨準備資産の再配分に過ぎない」と説明しています。その背景には、米国でも金利上昇が問題になる中で、直接的にドルを売ることで米国市場への影響が出ることを避けたかった思惑があると考えられます。
米国の為替介入を行うための原資は、ESF(財務省保有の為替安定化基金)とSOMA(FRB保有のシステム公開市場勘定)で、6月末時点でそれぞれ189億ドルずつ合計378億ドルの残高があり、そのうち約70%がユーロ建て、残りが円建てで構成されています。米国は基軸通貨のドルを発行できるため、他国に比べ外貨準備資産の保有額が少なく、今回の為替介入で米国は50~100億ドル規模の円買い介入を検討していたことを勘案すると、外貨準備資産の再配分による為替介入余地は大きくないと考えられます。こうしたことを踏まえると、米国が再度協調介入を行うハードルは一段上がる可能性が高いと思います。
図表2:1998年の為替介入時のドル円相場
4.日米協調介入を受けた日本の財政・金融政策の変化
今回の協調介入に当たって、ベッセント財務長官は日本の政策にも注文を付けています。ベッセント財務長官は8月4日に「介入によって市場にシグナルを送ることはできても、相場の流れを変えるのは政策だ。植田日銀総裁は必要なことを実行すると信じている」と述べています。実際、これまでのドル円相場と日米金利差の動きをみると、昨年10月の高市首相の就任後に為替と金利差の相関が崩れ、金利差は縮小する一方で円安が進行しました(図表3)。高市首相の財政拡張、利上げ抑制方針が影響したものとみられます。今後、円安が続くかどうかは、日本の財政・金融政策の方向性が変わるかどうかがポイントとなりそうです。
金融政策に関しては、7月末の金融政策決定会合後の記者会見で植田総裁が、「これまで以上に物価の上振れリスクを意識する必要がある」、「利上げのペースを速めるということもあり得る」と述べたほか、ベッセント財務長官は8月31日に「日本政府と日本銀行は、円高につながる措置を取るだろう。私は市場が持っていない情報を持っている。市場は既に織り込んでいる」と言及しています。米国からの外圧も強まっており、日銀はこれまで概ね半年に1回行ってきた利上げのペースを速め、9月に利上げを行うと予想されます。
財政政策に関して、ベッセント財務長官は8月31日に「リフレ政策であったアベノミクスはおそらく終わりを迎えたと考えている。彼らはただ静観してアベノミクスの恩恵を享受し、それを継続すべきだ」と暗に政府の財政拡張路線を批判しました。8月末までに公表された来年度予算の概算要求をみるとこれまでの財政拡張方針が変わった兆候はみられませんが、こうした米国からの圧力を受け、高市首相の財政拡張方針に変化がみられるかどうかが注目点になると思います。
米国の強力なコミットがあれば協調介入が円高への転換点となりうる可能性もありますが、米国に何度も協調介入を行うことを期待するのが難しいとみられる中、これ以上の円安進行を止めるためには、利上げの加速を行いつつ、財政拡張方針を修正するなど日本の財政・金融政策両面での対応が必要だと思います。

