再編すすむ石油業界
七月三十日、昭和シェルと出光興産の経営統合が発表されました。再編としては二〇一二年に東燃ゼネラル石油がエクソンモービルから自己株式を取得して以来の大型案件ですが、基本的な構図はエクソンモービル同様、ロイヤル・ダッチ・シェルが川下事業から撤退し、利幅の大きい川上事業(石油開発)に集中しようとするものと理解できます。一方で人口減少や車の燃費向上などで減少するガソリン需要に対応し、ダウンストリームの国内石油元売りは再編を迫られています。
最近の石油価格下落を受けて、下流部門のみならず、石油業界全体でのリストラが進んでいます。ロイヤル・ダッチ・シェルも英国BGグループを八兆円超で買収し、川上でも再編が進行、資産売却や人員整理が進んでいます。石油の探鉱・開発に関する技術を提供する石油サービスの分野でも、昨年のハリバートンのベーカーヒューズ買収に続き、業界首位のシュルンベルジェが掘削機器企業のキャメロンを買収すると発表しました(八月、一兆五千億円程度)。業界首位のシュルンベルジェであっても、並行して二万人規模の人員削減を行ってコスト競争力を保たなくてはいけないのが現在の石油業界ともいえそうです。
資源国直撃の原油安
足元の原油価格は一バレル四五ドル前後で推移していますが、ゴールドマンサックスが九月一一日に一バレル二〇ドルまで下落する可能性があると見通しを下方修正しました。コモディティの分野は限られた市場ゆえに価格が乱高下しやすいのが特徴ですが、確かにアメリカのシェール革命、サウジアラビアを筆頭とするOPECの石油減産見送り、イランの経済制裁解除にともなう原油市場参入、中国など新興国での石油需要の弱まり等を考えれば、原油価格が高騰する可能性は極めて小さいといえそうです。
この状況で困るのがロシア、ベネズエラ、カナダなどの資源国です。ベネズエラは輸出の九五パーセントを石油に依存しており、ロシアのGDPは原油価格とほぼパラレルの動きをしています。一時この原油安は、米国とサウジアラビアが結託してロシアなどの反米諸国を弱体化させることが目的だと言われていましたが、そこはやや疑問です(最近ロシアとサウジは急接近している)。ただし、結果論としてはガスプロムなど主要企業のトップに側近をつかせて人心掌握してきたプーチン政権の支持基盤が揺らいでいるのも確かであり、ロシアの政情不安定化要因となっています。ロシアにとってみれば、ウクライナをめぐる欧米からの経済制裁と合わせてのダブルパンチですから、現状でいえば逆サイドの中国や日本との経済関係が極めて重要になっています。領土問題を抱える日本にとっては交渉の機会を持つ絶好のタイミングかもしれません。
米国の外交政策の行方
こうした政治経済全般に大きな影響を与える原油安ですが、大切なことはこの現象は政治経済上の変化をもたらす「原因」ではなく、むしろ「結果」だということでしょう。原油安だからこう、というよりも、ある種の要請から起きている必然的結果だと捉えるべきだと考えます。
「Gゼロ(=大国のない時代)」とイアン・ブレマーが指摘してから暫く経ちますが、米国が世界の警察の役割を放棄し、中東へのエネルギー依存から脱却する点において、シェールガスの意味は限りなく大きいものです。レガシー(遺産)作りに忙しいオバマ政権にとって、イランとの核開発を巡る合意はまさに起死回生のディールでした。サウジアラビアやイスラエルの反対を押し切ったこの中東政治の強気の方向転換も、米国のエネルギー調達構造が大きく変化したことが一つの背景といえるかもしれません。
また台頭する中国との覇権競争をどう戦っていくか、その文脈でイランやキューバとの接近を考えることもできます。圧倒的な覇権国家のない時代、古典的な保護主義と同盟関係が再度力を持ってくるでしょう。そこにおいて「石油」という古典的な資源は、やはり大きな制約条件であり、カードであることは間違いありません。
世界全体の力関係が流動的になり、各国が保護主義に傾くことになれば、日本にとっても外交と安全保障のルールを見直す必要があるということです。「強いアメリカ」を前提とせず、二国間同盟の下での現実的な外交関係、安全保障体制を築く必要があります。
編集後記
鬼怒川の堤防決壊のニュースを見ながら、最近は毎年のように「五〇年に一度の」といった話が出るなと感じています。
福島の時もそうですが、政府はこのような緊急時にこそ、一週間程度で今後の方向性に関する青写真を描き、決定するというリーダーシップを発揮しなければなりません。以前であれば「今年の十大ニュース」になるような話題が毎週起こるような時代にこそ、果断即決で物事を決めていくことが重要です。
今回は石油に関わる諸問題を簡単に考察しました。世界は時々刻々と変化し続けており、大きな変化をどう捉えるか、各自に求められます。