権力集中と言論統制
香港で中国政府に批判的な本を扱う「銅(ど)羅(ら)湾(わん)書店」の店長などが昨年十月以降相次いで失踪した事件を覚えているでしょうか。この六月十六日に釈放された店長の林栄基氏が記者会見を開き、中国当局における拘束について赤裸々に語って話題となりました。この事件の真相は未だ闇の中ですが、一説によれば習近平の不倫関係を扱った『習近平とその愛人たち』という本の発行が当局の逆鱗に触れたといわれています。
現在の中国は集団指導体制を採っていますが、最近は習近平の独裁傾向が強まっています。「虎も蠅(はえ)も叩く」という汚職撲滅キャンペーンは庶民から見れば拍手喝采かもしれませんが、同時に習近平の権力集中の手段ともいえましょう。習近平を毛沢東に重ね合わせて神格化する動きもある中、不倫の暴露はいかにも不味かったのかもしれません。
高度成長に陰りが見えてきた現在の中国共産党の危機感は非常に強いものがあります。中国における一党独裁の正当性は高い経済成長率に依存していますから、遅かれ早かれ皆が豊かになれる水準としての成長率七%、これを下回ってくると途端に格差問題が噴出して政権の正当性が揺らいでしまうことになるのです。
政治の焦りは権力の集中に向かいます。現行体制をかき乱すような動きは何であれ速やかに排除対象となり、香港の一国二制度を侵食するほど政権の緊張感は高まっているのです。
法治なき世界
中国では憲法の上に共産党があり、法の支配がどこまで可能かは制度上難しい問題です。習近平のいわゆる「トラ狩り」最大の問題は、司法手続きを経ずにトラを狩っている点にあります。共産党の「規律検査」によって強制捜査、逮捕、無期限拘束、拷問、処罰がなされており(双規という)、その手法は非常な危うさを孕(はら)んでいます。党の規律検査といっても基準や定義は何もなく、極めて恣意的な運用がなされているのが実態です。
恣意的な権力行使による支配の強化というものは習近平だけのものではありません。重慶(じゅうけい)市書記を務め、日本でも有名な薄熙来(はくきらい)(二〇一二年に失脚)も、「打黒(クロを叩く)」キャンペーンを展開して大規模な汚職撲滅運動を行いましたが、二千人を超える逮捕者の中にはクロでなかった人間も多数いたようで、それもまた規律検査に基づくものでした。薄熙来が失脚する直接の原因は、彼の腹心であった王立軍(おうりつぐん)による亡命未遂事件〔*ある英国人実業家の不審死事件を担当した王立軍が、事件の薄熙来(及びその妻)との関連性に気付いてしまい、身の危険を感じて四川省の米国総領事館に逃げ込んだ事件〕でしたが、王は女装して領事館に駆け込んだらしく、腹心として薄のやり方を熟知している王の危機感が感じられます。
中国の「不安」との関わり方
現在の中国は過去、現在、未来についてそれぞれ不安を抱えています。アヘン戦争以後、歴史的に侵略されてきたという自身の弱さに対する不安、近年の膨張主義的施策による東アジアにおける孤立感、そして二〇三〇年以降の人口減少が予測される中、経済成長の失速が予想よりも早いという焦燥感です。
日本は日米同盟を主軸としてそのような中国とどのように向き合っていくべきでしょうか。中国の南シナ海での挑発的な行動に見られるような小出しの戦略(サラミスライシング)を同盟だけで抑止することは難しいでしょう。全面対立になるレベルの話ではありませんし、そもそも様々な国内要因に基づく中国の行動を外部から変えることは困難です。また、日米同盟が抑止力を強化していくことは中国との軍拡競争になる可能性があり、いずれにせよ中国自身の「不安」をいかに解消していくかという施策とセットで考えなければなりません。中国が昨今行っている様々な「限定的挑発行動」を同盟だけで阻むことができない以上、中国に対して何らかの関与をしながら巻き込んでいくしかないのです。
度重なる中国の領海侵犯やアメリカ大統領選のトランプ氏の発言をみれば、近年ここまで中国が挑発的になったことも、ここまで米国が孤立主義的になったこともありません。外国が悪いという主張やポピュリズムの台頭はどの国にも見られる現象ですが、日本は日本としてあるべき国際秩序を強化していくための正しい道を選ぶ必要があります。百年後に歴史家が現在を振り返った時、「あの時の日本の判断がその後の国際秩序を作った」となるよう、我々の叡智を結集したいものです。
編集後記
参議院議員選挙や都知事選というイベントが続く中、世界ではイギリスのEU離脱問題など風雲急を告げる課題が突きつけられています。
大きく時代が変わろうとしている感覚を持つ中、今回は中国を取り上げました。時代が流動化するほど、各プレーヤーの役割は大きくなり、日本の選択肢も増えるはずです。
BREXITの問題は私自身、七割方「残留」になるだろうと予測していた為、見事に外れてしまいました。日本も憲法改正を行う場合は国民投票になりますが、英国を他山の石とし、世代間格差などを踏まえた設計にしなければなりません。