16-08号:原発:政策の隘路

難航する原発再稼働

以前は「夢の原子炉」と呼ばれた福井県の「もんじゅ」(高速増殖炉の実用化に向けた研究用原子炉)が廃炉の危機に追い込まれています。昨年十一月に原子力規制委員会によって運営主体の交替を勧告されており、新しい運営主体が見つからなければ廃炉が視野に入ってきます。一方、七月二〇日に馳・前文科相は「動かすことが前提」として廃炉の可能性を打ち消しており、両者の見解は依然隔たったままです。

今年一月に再稼働した高浜原発三・四号機も、三月には大津地裁の仮処分によって運転停止となりました。伊方原発もこの七月末に再稼働する予定でしたが、不具合から八月以降の稼働に変更されています。そもそも原発は配管のお化けのようなもので、五年も動かしていないものを再稼働させるだけで大変な作業です。政府が福島の事故に関する正式な振り返りをしないままに再稼働を進めているという国民の不信感も大きく影響しているでしょう。


気候変動と低炭素化

世界的にみれば、原子力発電への期待は衰えていないといって良いでしょう。気候変動への対応・温室効果ガスの削減には原子力発電が不可欠だと思われるからです。昨年末に仏国で開催されたCOP21のパリ協定では、参加した一九六ヵ国全ての国に温暖化ガスの排出量削減目標を提出すること、およびその達成のための国内対策をとることが義務付けされました。世界では中長期的に気候変動こそが最大のリスクであると認識されており、だからこそ国家間の歴史的な合意が成立したといえます。

パリ協定の目標は「世界の平均気温上昇を産業革命前と比較して二度未満に抑えること(二度目標)」です。しかし現状で既に産業革命前から一度気温が上昇しており、残りの余裕はあと一度しかありません。この二度目標を達成するには、通常の省エネ努力では全く足りず、全ての低炭素化の方策を大規模に実施していく必要があり、その一環としてベース電源(ロード)として大規模発電ができる原子力が非常に有力な選択肢になってくるのです。(もっとも、最近では再生可能エネルギーの発電コストが下がってきており、政府の補助金等が過度に市場を歪めていると指摘されています。つまり、原子力発電の投資回収が難しく、経済的に成立しないという問題です)


原発技術の希少性

また、現状では世界で原子炉を完全な形で供給できる企業はほぼ三グループに集約されています。東芝(+米国ウェスチングハウス)、日立(+米国GE)、三菱重工(+仏国アレヴァ)の三社です。各国の原発政策の変更や米国スリーマイル事故などを受けて、原発に関するオペレーション含めた製造・運営技術は今や日本がほぼ寡占している状態です。技術というものは需要がなければ簡単に失われてしまうわけですが、日本が原発を辞めるということは、この原子力発電に関する技術で日本がリーダーシップを放棄するということ、エンジニアがいなくなるということと同義なのです。


核なき世界への外交資源として

最後にもう一つ、日本が原発を維持することの意義として外交力に関わるものがあります。高速増殖炉「もんじゅ」を廃炉にできない理由にも関係しますが、プルトニウムを日本が持つことは、要するに日本がいつでも核兵器を製造できる能力を持っているということです。「製造する能力がある」ことと「製造する」ことは全く違うわけですが、日本が唯一の被爆国として平和を希求すればするほど、「核兵器を持つことができるのに、持たない国」というステイタスが非常に重要になってくるのです。世界的な核政策の中で、保有国でも非保有国でもなく、「保有しうる国」の発言こそが平和を維持しようとする意思において、真に説得力をもつのではないでしょうか。

原子力という技術は確かに人類には過ぎた道具かもしれません。しかし現実世界に核兵器が存在する以上、その存在を前提として日本の針路を決めねばなりません。その力が強大であるがゆえに、なんとか人類の幸福に役に立つものであってほしいという気持ちを込めてこその「もんじゅ(智慧の仏、「文殊菩薩」に由来)」なのです。

原子力発電は多くの側面を持ちます。様々な断面の危険性を十分認識しつつ、確り平和利用していく意思を持つという意味で、原子力発電をリードしていくのが日本であってほしいと考えています。


編集後記

酷暑が続く中、いかがお過ごしでしょうか。昨年八月のニュースレターは「終戦の詔勅」でしたが、今年は今上天皇が生前退位のご意向という報道がなされ、また時の流れを感じています。

もんじゅの警報が継続しているにもかかわらず数ヵ月間放置していた等、安全文化の欠如を示す報道がありました。福島の事故に関する政府の反省がなされないままに事態が進んでいくことにも危機感を覚えながら、原子力のテーマを扱いました。

現実は多面的であり、複雑です。理想的かつ現実的な選択肢をいかに提示するか、粘り強く考え続ける態度が問われています。

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