17-03号:テロ・紛争・武力

テロリズムの常態化

この二月十三日、マレーシアのクアラルンプール国際空港第二ターミナルで北朝鮮の前最高指導者・金正日の長男である金正男(現最高指導者の金正恩の異母兄)が殺害されました。マレーシアの公安部門は優秀で知られ、特にテロ対策部門は一九七〇年代以降、国内テロ事件をほぼ未然に防止したとされていました。この第二ターミナルはいわゆるLCC(格安航空会社)用のターミナルでしたが、今回は当局も警備が甘かったと認めているのが実態のようです。

いわゆる9.11の同時多発テロ以降、武器の高度化・小型化やイスラム国の台頭などと相まって、世界中でテロリズムが広がっています。本来的にテロリズムとは、社会に恐怖感を抱かせるために個人が行う何らかの犯罪行為であり、国内警察が対応すべき話です。ただ最近では「テロとの戦争」として、国際的に新しい脅威となっていることは改めて指摘するまでもありません。

マレーシアの存在する東南アジアは落ち着いている国が殆どですが、外務省によって危険レベル三(渡航中止勧告)が出されている地域もあります(主に四ヶ所、パキスタン-インドの国境地域、中国-ミャンマーの国境地域、タイ南端、そしてフィリピン・ミンダナオ島とマレーシア・サバ州に囲まれるスールー海沿岸)。

東南アジアは中東で活動するイスラム国のリクルート地域でもあり、シリアでもマレー語を話す部隊の存在が確認されています。またシリアから帰国した戦闘員の動向にも注意が払われているところです。


フィリピンの和平交渉

注目すべき和平プロセスが進展している例としてフィリピンに触れておきたいと思います。

二〇一六年六月三〇日に就任したドュテルテ大統領は直近で支持率八三%を誇り(パルス・アジア一月六日、不支持率四%)、好調な経済を背景に順調な滑り出しを見せています。その政策の最重要課題として麻薬対策と治安・テロ対策がありますが、強力な法執行を武器に一般的な治安状況には顕著な改善が見られます(但し、麻薬取締りの際の警官による容疑者の銃殺〔正当防衛扱い〕もあり、殺人だけは二〇一六年で前年比二割増加、フィリピン国家警察・犯罪概況報告)。

前述の危険レベル三であるスールー海沿岸地域では昔から植民地支配(スペイン・米国)に由来するキリスト教勢力と、現地系のイスラム教勢力が攻防を繰り広げてきました。ドュテルテ大統領が市長を務めたダバオもこの地域であり、(元々アキノ前大統領からの施策ですが)現政権下でもイスラム勢力へ自治権を与える方向で調整が進んでいます(現在暫定委員会まで組織)。最短で今年の七月の施政方針演説に盛り込まれる予定で、現在当該地域は歴史上最も和平に近付いていると認識されています。

一方で和平プロセスに参加しない独立派のテロ組織も存在し、企業恐喝や拉致、誘拐ビジネスなどを繰り返しています。政権としては、そういった勢力には徹底して弾圧を加え、剛柔併せた対応で国内治安を維持しています。麻薬取締りもその一環として捉えるべきでしょう。


矛を止める「武力」

中東地域の混迷を見ても、実効支配を継続できる体制を作ることは容易ではありません。アメリカ最大の失敗はフセイン後の実効支配を確立できず、イスラム国を生み出してしまったことにありました。

現在日本でも南スーダンからの自衛隊撤退が議論となっていますが、もはやテロと紛争、そして戦争は区別できず、国際社会が協力して断固として平和を実現していかねばなりません。イスラム国などのテロ組織に影響を受けたローン・ウルフ型テロ(Lone Wolf、一匹狼)、ホーム・グロウン型テロ(Homegrown,自国産)の発生が今後の脅威であることは日本も同様なのです。

現在の日本では文武を相対的に捉え、「武」は暴力的、「文」は平和の象徴と考える向きもありますが、武力をなくせば平和が生まれるわけではありません。人間の現実は厳しく、悪の力は存在します。「邪悪の力と戦って、われわれの生活・理想を一歩一歩作り上げていく実践力」、そうした「努力を武という」のであって、武があって初めて文があるということを私たちは改めて重要な事実として直視させられています。


編集後記

金正男氏の殺害事件がメディアを賑わせていますが、歴史的に見れば驚くべき話ではありません。独裁者は常に自分に代わりうる正当性を持つ者を排除しようとします。

テロという表現は体制側からの見方ですが、それだけ社会の分断が大きいということでしょう。また様々な政治的思惑が錯綜するものです。

最後に引用した「武」の定義は江戸時代の漢詩人・学者である山梨稲川(とうせん)の言葉を指したものです(安岡正篤、『活学としての東洋思想』)。物事の是非善悪を明らかにし、断固として平和を維持し、国民を守ることは覚悟が必要なのだと痛感します

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