17-08号:遵法と逸脱の間

遵法精神の欠如

太陽の強い日差しと濃緑の木々、響き渡る蝉の鳴き声は常に戦争の記憶と「終戦の日」を想起させます。八月は日本にとって特別な月といえます。

連日メディアを騒がせていた自衛隊の日報問題は、最終的に特別防衛監察を受け、稲田防衛相のみならず、陸上自衛隊トップの岡部陸上幕僚長と防衛省の黒江事務次官の三名が辞任するという異例の事態となりました。本件は、南スーダンで国連平和維持活動(PKO)に参加している陸上自衛隊について、停戦合意が守られていることが派遣の条件であるにもかかわらず、その日報に「戦闘」という言葉が多用されている点が問題視されているものです。陸上自衛隊の中では、これが公開されると自衛隊の引き揚げにつながるとしてこの日報を不存在とし、また廃棄とするという組織的隠ぺいが行われた模様で、野党は稲田防衛相の事実認識の問題、ひいては大臣としての資質問題を厳しく追及してきました。

ここでの本質的な問題は、この日報問題が日本の政官関係および政軍関係を象徴している点にあります。自衛隊は本来であれば南スーダンには「戦闘行為」が存在し、法的に活動できない地域であることを正確に報告すべき存在です。にもかかわらず、(最近流行りの言葉でいえば)政権に「忖度(そんたく)」し、自ら日報の存在をもみ消すという行為に出ており、ここでは自衛隊の遵法精神あるいは遵法能力そのものについて厳しく問われなければいけないでしょう。


その場しのぎの対応の連鎖

あらゆる法律には個別具体的に解釈の余地があり、法律とは現実の中で再解釈され続けるものです。ある時点での判例や解釈は絶対的なものではなく、それは現実的な立場からは当然の理解でしょう。一方、事実を隠蔽することは解釈の余地とは別次元の問題として、「結論ありき」の盲目的態度として厳しく非難されなければなりません。こうした問題が露見するにつけ、戦前の統帥権(とうすいけん)干犯(かんぱん)問題や戦時中の大本営発表のような、体制への無責任なすり寄りという気持ち悪さを覚えるのです。

今回の日報問題は、自衛隊のトップ層がPKOの活動報告という重要文書について積極的隠ぺいを指示しており、結果として自衛隊という国防組織の運営に対し、正確な情報共有ではなく忖度の連鎖を引き起こすという甚大な悪影響を与えています。また同時に、このような実情は防衛省だけではなく他の省庁でも同様であろうことは容易に想像され、尚更その政官関係に危機感を覚えるのです。

なお、今回の問題で本当に議論されるべきは、「戦闘行為の有無」ではなく、「自衛隊のあり方」そのものでしょう。現状において自衛隊は「軍隊」ではなく、できる活動が限定列挙されている存在です。一方で各国の「軍隊」は原則的にあらゆることが出来、一部できない活動が限定列挙されている存在です。両者の建付けはまるで違い、そのような組織に同様の活動ができるはずもありません。私たちはナイーブな理想像と現実の狭間に我が国の自衛官たちをいつまでも置くべきではないと考えます。


政治家としての節度

今問われていることは、広い意味で政治に関わる人間全ての「節度」の問題です。自分たちが本来目を向け、本来国民に問いかけるべき問題は何なのか。今議論すべきイシューは何なのか。単なる党利党略や政権への忖度ではなく、山積する重大な問題に真正面から向き合う勇気が必要です。

古来東洋において政治を語る場合、国民に対する個別の政策よりも、政治家自身がいかに修養を積むかを重んじてきました。国民をどうしていくかよりも、政治家や高級官僚がどのような人間でなければならないかが政治の根本問題と認識されてきたのです。「小人に天下を為(おさ)めしむれば災害並び至る」(大学)とは今の米国を見ても明らかです。目前に北朝鮮の具体的危機がある中で、国防に与(あずか)る長三名が不在となるという危機を招いた政権の責任は重大なのです。

民主主義における国民の民度は、どのような人間を政治家に選ぶか、誰に政治を信託するかという点に端的に表れます。結局は私たち自身の問題なのです。


編集後記

今年は八月に梅雨のような不安定な天気が続いています。お変わりなくお過ごしでしょうか。

八月は毎年政治系の話題を扱いますが、今月は自衛隊の日報問題をベースに日本の政軍関係を考えました。

安部政権はトランプ政権の誕生をきっかけに戦後レジームから抜け出す大きな転換点を迎えています。メディアのお祭り騒ぎに対して実際の政権基盤は安定しており、暫くは揺らぐことはないでしょう。それにもかかわらず、国会は本質を外した議論で空転し、国民の信頼を失わせています。「信なくんば立たず」。そうさせる国民側の覚悟も必要です。

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