18-07号:虐待、制度と構造

虐待と児童相談所

今年三月の目黒女児虐待事件では、日本中が何とも言えない無力感に陥りました。この事件では幼児の「反省文」も残されており、無力な子供に対する育児放棄や虐待がいかに一方的で暴力的なものか、多くの方が心を痛めたのではないでしょうか。

「児童相談所が関わっていながら」と小池百合子都知事が発言をするなど、児童相談所のあり方も論点になっています。全国の児童相談所が対応した児童虐待の件数は平成二八年には十二万件を超え、前年と比べて二割も増加しました。一方で、花園大学の和田一郎准教授は、日本が児童相談所や児童養護施設などにかけている費用は少なすぎると指摘します。日本の児童相談所関連の費用は年間約一千億円で、人口が日本の二.五倍の米国の三十分の一、人口が日本の五分の一の豪州の三分の一といいます。それに対し、虐待に伴う社会的損失(虐待に伴う子供の精神疾患や学力低下、生活保護や犯罪行為の誘発など)は毎年一兆五千億円に上るとされ、改めて社会全体に大きく関わる問題であることを意識させられるのです(大久保真紀『ルポ児童相談所』)。

目黒でも起こった虐待死については、その六割がゼロ歳児、加害者の半数超は実母となっています。死因は暴行などの身体的虐待とネグレクト(育児放棄)で全体の九割を超えているようです。この二十年ほどで虐待に対する社会的認知は高まりましたが、虐待死は毎年百人前後とそれほど変化しておらず、児童相談所任せにしてはいけない「社会全体の課題」としてとらえていかなくてはなりません。


警察との全件共有

最近では児童相談所と警察との間で虐待情報を全件共有させるという動きも活発化しています(既に一部の県では実施済み)。この点、児童相談所と保護者との関係構築が難しくなるのではないかという厚生労働省の懸念はありますが、そもそも虐待が疑われるケースの多くは保護者側に何らかの問題があり、職権保護を行わざるを得ないのが実態です。児童相談所の職員が半ば無理やり子供を保護しているのが現状であり、保護者が児童相談所を信頼して保護をお願いするケースはむしろ稀といえるでしょう。職権保護の現場はたいてい「修羅場」であって、職員が身を挺して子供を保護しているケースも多いのです。

また、警察と全件共有すれば子供が確実に守られるわけでもありません。今でも職権保護で強制的に親から引き離すことはできますが、保護の必要性は職員の個別判断に任されます。従って、まずはどのようなケースにおいてどのような対応をすべきか、その行動基準を統一することが求められます。一口に対応といっても様々であり、対応の手段や頻度、職権保護の可否、親の逮捕まで含んだ警察との連携、そしてどの場合に親に引き戻すのか等、ある程度対応を決めておく必要があるでしょう。現在では児童相談所ごとに行動基準が異なり、それは警察が関与しても同様です。全てのケースは個別であるとしても、まずは職員が安心して行動できるだけの統一した行動基準とその更新の仕組みを備えておく必要があるはずです。そうすれば目黒の事件も防げたかもしれませんし、今後児童相談所間で対応が変わることも少なくなるはずです。


貧困の問題

虐待対策は貧困対策を避けては通れません。多くの虐待が生活保護世帯であったり母子家庭であったりすることには理由があるのです。多くの研究報告によって虐待の背景には生活基盤の弱さがあることが分かっています。貧困は悪循環し、貧しい家族は次の世代も貧困に陥ることが多く、特に母子家庭において貧困の連鎖が強い傾向があります。

現在日本は賃金が伸びず、若者の貧困化が問題になっています。従来の「日本型雇用」を若者を排除することによって(非正規化・ブラック化)維持してきたという指摘もあり、貧困の背景には構造的な問題があるでしょう。また、離婚時に女性が親権を持つ前提であるなら、その観点から女性活躍の基盤を整えることも重要です。ワーキングプアという言葉が流行しましたが、「まじめに働けばなんとかなる」や「子供には母親が一番」といった「一般論」以上の制度的な手当てが必要です。増え続ける虐待と若い貧困層を直視したとき、明るい日本の未来が描けるのでしょうか。


編集後記

この度の豪雨による被害にあわれた方には心よりお見舞い申し上げます。

今回は虐待の問題を取り上げました。虐待は貧困や教育、犯罪など他の諸問題と絡み合って連鎖する難しい問題です。児童相談所や警察だけに押し付けるのではなく、私たち一人ひとりが当事者意識をもって取り組まねばなりません。

哲学者のハンナ・アーレントは、「考えることは注意深く直面し、抵抗すること」と言いました。個々人の無関心や思考停止が社会全体の基盤をじわじわと掘り崩していくものです。私たちは「日本」に注意深く直面し、抵抗しなくてはいけません。

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