20-05号:開かれるパンドラの箱

人間と病原菌の歴史

コロナウイルスの今後への示唆について、病原菌の広がり方から考えてみましょう。

以前、『銃・病原菌・鉄』という本が世界的に流行りましたが、人類の歴史にとって病原菌はもともと多大な影響を持つものでした。

「人間の死因でいちばん多いのは病死である。そのため、病気が人類史の流れを決めた局面も多々ある。たとえば、第二次世界大戦までは、負傷して死亡する兵士よりも、戦場でかかった病気で死亡する兵士のほうが多かった。戦史は、偉大な将軍を褒めたたえているが、過去の戦争で勝利したのは、かならずしももっとも優れた将軍や武器を持った側ではなかった。過去の戦争において勝利できたのは、たちの悪い病原菌に対して免疫を持っていて、免疫のない相手側にその病気をうつすことができた側である。」(ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』(上)、pp.290-291)

ナイチンゲールの偉業の一つは、戦争に従軍した兵士の死因を集計することで、戦闘で負った傷自体で亡くなるよりも、負傷後に何らかの菌に感染したせいで死亡する兵士の方が圧倒的に多いことを明らかにしたことです。彼女はそのデータをもとに、「戦争で国民の命を失いたくなければ、清潔な病院を戦場に用意せよ」と政治家や軍人に迫りました。


熱帯・亜熱帯の都市化

ところで、ジャレド・ダイアモンドが指摘する様に、病原菌が人間社会で繁殖することができた最大の理由は、農業生産による「都市化」(人口密度の稠密化)と群居性の動物の「家畜化」でした。多くの個体が密集するところに病原菌繁殖の条件が整うということです。

この観点から今回のコロナウイルスの事例を考えると、発祥地が中国の武漢である点が大いに注目されます。武漢はウイルス研究所があることも有名ですが、そもそも亜熱帯の湖北省に位置しています。夏季は多雨高湿、特に武漢は夏の暑さで有名で、「中国三大ボイラー」とも言われています(残り二つは重慶と南京です)。今までの文明都市というものは、ほとんどが温帯、寒冷地、北の地域に存在しています(それを南北問題と言ってきました。欧州や北米はいわずもがな、東京についても温帯です)。それに対して最近の大きな流れは中国、東南アジア、インドを中心とした亜熱帯、熱帯地域の新興国の発展が目覚ましいということでしょう。

そして生物多様性の観点から見た場合、まだ定見はないものの、ほとんどすべての生物で低緯度地域(熱帯)の方が、高緯度地域(寒帯、温帯)に比べて種数が多いことが知られています。とりあえずの事実としてこれを受け入れた場合、熱帯・亜熱帯地域の都市化とその地域のグローバルな接続は世界にとってパンドラの箱になる可能性があります。中国の深圳(広東省)にしても、もともと人口三万人の漁村がここ三十~四十年で人口一三〇〇万人にまで膨れ上がりました。次の人口爆発の中心地はアフリカが想定されているのです。暖かい気候による生物多様性、過密化する人口あるいは家畜、そして多くの感染症が動物由来であることなどを考え合わせると、今後人類が直面する「途上国の発展」は、疫学的な観点から大きな課題を抱えるものになるかもしれません。


いつか来た道/新しい道

スペイン風邪はアメリカの米軍キャンプで発生し、第一世界大戦で欧州に派遣された兵士を介して、世界に広まったとされています。南米のインカ帝国や中南米のアステカ帝国が滅亡したのも直接的にはスペインが持ち込んだ天然痘の流行が原因でした。人間の移動は常に新しい病原菌の流行を引き起こしてきましたが、今回もまた「いつか来た道」なのでしょうか。

途上国の発展を止めることはできません。そして今の通信技術では一定のコミュニケーションは取れても、リアルな接触に比べて圧倒的に貧弱な関わり合いしかできないのもまた事実です。同時に、今回のコロナ騒動を通じて私たちは(中国を中心とした)グローバルなサプライチェーンの偉大さにも改めて気づかされたといってよいでしょう。途上国の発展とグローバルな接続、このテーマに私たちは立ち向かっていかなければなりません。


編集後記

コロナを通じて世界のリーダーの評価が分かれています。日本は圧倒的にコロナの感染抑止に成功しているにも拘らず政府の支持率を落としている稀有な事例といえるでしょう。

今回はより広い観点からコロナの問題を考えました。もともと人間の死は病原菌由来がもっとも多く、圧倒的に多くの命を奪ってきました。そしてそこには都市化・家畜化・人の異動というキーワードがあるということです。

日本は影響が少なかったが故になし崩し的にコロナ前に戻るのではと危惧しています。今回の反省を次に生かせないような社会にはしたくないものです。

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