22-06-2号:モノに溢れた世界

デジタル証券市場の拡大

2020年5月に金融商品取引法が改正され、デジタル証券が解禁されました。デジタル証券はセキュリティトークン(ST)とも呼ばれますが、最近ようやく様々な資産を裏付けにしたデジタル証券が発行され始めていますが、その特徴はブロックチェーン(主にイーサリアム)によって取引が管理される分散型のシステムのため、従来の証券保管振替機構(ほふり)のような管理コストが大幅に削減されることです。また、デジタルのため小口化も容易で、その点で市場の拡大もさせやすいと言われています。実際はまだまだ二次流通市場も整備されていないのでこれからというところでしょう。

ブロックチェーンが出始めたころから指摘されていたことですが、この仕組みが普及して手軽になれば、個人でも簡単に資産を裏付けにして証券を発行し資金調達できるようになります。例えば家の二階に使っていない部屋があったとして、現状Airbnbなどの民泊サービスを使って賃料を得ることができますが、今後はその将来の賃料収入を裏付け資産とした証券を個人が発行できるようになるということです。今までは証券化のコストに見合う規模の案件しか扱えなかったものが、ブロックチェーンによって全く新しい経済が実現する可能性が出てきました。デジタル証券市場の整備は、漸くそのスタート地点に立ったということでしょうか。


通貨発行権との関係

ただ、懸念の一つはこのようなデジタル証券の発展は国家の通貨主権を侵食する可能性もあるという点です。デジタル証券は簡単に小口化させることができますが、デジタルに小口化された証券が一般化すると、それを点々流通させることであたかも通貨のように振舞うことも可能になり、○○デジタル証券(一口あたり一円)でお支払いという世界も実現するということです。法定通貨というのはあくまで国がそれで受け取りを拒否できないという位置づけですので、市場においてどんな通貨が流通するかを規制するものではなく、その意味で円を使った経済政策が効かなくなる端緒にもなりえます。以前、堀江貴文氏のライブドアは2002年~04年に株式を一万分割して「株価操作だ」と批判を浴びましたが、本質的には同様の通貨発行権の問題でした。ライブドア株が小口化されればより流通しやすくなり、あたかも通貨のようにふるまうことが出来る、堀江氏はそれに気づいたからこそ実行し、だからこそ睨まれたと言うべきでしょう。


既存のものを再発見していく世界へ

もう一点、デジタル証券の普及によってマクロ経済政策が効かなくなる要素があります。先に示した通り、デジタル証券を通じて私たちは持っている資産を容易に市場に提供できるようになります。21世紀、多くのプラットフォーム企業が隆盛を極めていますが、なぜ彼らが一気に拡大できたかといえば、既存の資産をマッチングしているだけで、新しく資産を作っているわけではないからです。Airbnbは既存の不動産をマッチングするだけで数年で世界最大の客室数を誇るホテルチェーンとなり、Uberは一台も車を保有することなく最大のタクシー会社になりました。利用すべき資産は既に市場にあり、私たちはそれを「発見」する手段さえあればよいということが分かったということです。

ということは、これから益々、「新しいものを作って買う」世界から「既にあるものを発見して使う」世界へと移行していくことになります。利用すべきものは既に存在し、低価格で提供されるのです。そう考えると、今の「低金利にすれば投資ニーズが刺激され経済効果が高まる」というようなケインズ経済的発想が益々的外れになっていくということがわかるでしょう。私たちはモノに溢れた時代に生きているのです。

デジタル証券市場の拡大は新しい資金調達の方法として注目されています。同時に価値のデジタル化は既存の経済システムが想定していない多くの可能性を孕んでおり、国家はその暴れ馬をうまく乗りこなさなくてはなりません。新しい経済へ移行できるか、それとも規制で封殺してしまうのか、私たちの力量が問われています。


編集後記

シンガポールに来て漸く二カ月ほど経ち、落ち着いてきました。今回から月二回の発行に挑戦していきます。

中央銀行のデジタル通貨(CBDC)含め、デジタル資産について色々な議論がなされていますが、このような世界は二十年前から見える人には見えていたように思います。デジタル化やインターネットによって実現される世界をどう構想するか、想像力とビジネス上の倫理観が必要な領域です。

ショーペンハウアーは「誰もが自分自身の視野の限界を、世界の限界だと思い込んでいる」と言いました。広く深く現実を見て、新しい未来を考えていきたいと思います。

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