22-07-1号:顕在化する社会的疎外

安倍元首相への銃撃

2022年7月8日、第26回参院選の選挙期間中において、奈良県で応援演説をしていた安倍晋三・元首相が銃撃され亡くなられました(享年67歳)。毀誉褒貶は様々あるとして、憲政史上最長の任期を務めた首相の突然の死という事件は、多くの国民に衝撃を与え、また憤りと悲しみが広がりました。容疑者が元自衛官であったこと、また選挙期間中の凶行であったことなどからメディア含め様々な憶測が飛び交い、「民主主義に対する挑戦だ」「言論は暴力に屈しない」といった反応が多く見られています。

ただ、まだ捜査が進んでいない段階で確定的なことはいえないものの、今判明している中では、政治的主張を暴力によって達成しようとするテロリズムではなく、個人的怨恨を暴力で晴らそうとする私的制裁と言った方が適切であるように感じます。事件に使われた銃も自作の改造銃で誰でも作れるようなレベルのもの、また20年も前に3年間自衛隊にいただけの容疑者ですから、結果的に「プロの仕業」とも言えません。宗教関係で一家が破産したという怨恨を安倍元首相と結び付けたということですが、前日の岡山での演説においては警備の関係で近づけなかったと本人が供述していることから、やはり奈良県警の不手際という点は指摘されざるを得ないでしょう。

したがって、今回の事件が民主主義への挑戦であるとか、言論と暴力の対立、あるいは政治的テロというレッテルを貼るのは早計であり危険なことと感じます。


社会的疎外の広がり

一方、今回の参院選におけるもう一つの出来事は、「暴露系ユーチューバー」として芸能界のスキャンダルを配信している「ガーシー」(東谷義和氏、チャンネル登録者数119万人)もNHK党から出馬し当選したということです。今までの芸能人枠とも異なる異例の当選となりましたが、「支持層の中心は35歳~65歳」と決して若者が支持しているわけではありません。むしろ社会の中核を担う中年層が、ある種極端な政党をあえて選択するという投票行動をとっていることに日本の現実を感じます。合法的な投票行動の結果と安倍元首相への銃撃というかけ離れた2つの現象の間に、社会への憤りや閉塞感という共通点があると思えてなりません。

今回の事件に対し、小沢一郎氏が演説において「端的に言えば、自民党の長期政権が招いた事件と言わざるを得ない」とコメントし、「自民党の長期政権、長い権力が日本の社会をゆがめ、格差が拡大し、国民の政治不信を招き、その中から過激な者が暗殺に走った。社会が不安定になると、このような血なまぐさい事件が起きる」と語っています。このコメント自体は事件直後の事実不明瞭なタイミングで不適切とはいえ(実際、立憲民主党の泉代表からは注意がなされています)、あながち無視もできない意見であろうと感じます。足元では世界中で格差が広がり、米国でも中国でも、また欧州でも大きな問題となっています。日本は比較的格差が小さい国であるとはいえ、三十年続くデフレの中で成長せず、社会自体が停滞していることは明らかです。その中で疎外感を感じている弱者が増えているとすれば、同様の暴発の危険性は益々高まっていくのではないでしょうか。折しも足元では急激なインフレとなっており、まさに社会的弱者を直撃しています。社会不安が溢れ出る前に、私たちは何らかの手を打たねばなりません。


成長と統合と

江戸時代の山田方谷はその理財論の中で「それ善(よ)く天下の事を制する者は、事の外(そと)に立つて、事の内(うち)に屈(くっ)せず」といいました。本件の解決策は単純に暴漢を押さえつけ警備を厚くするだけではなく、より本質的な策を講ずる必要性があるでしょう。単純な再分配施策はもはや解決になりません。今の日本に必要なことは、成長と統合によって社会の一体感を取り戻すこと、成長によってパイを増やしつつ、人とのつながり、コミュニティ機能を再構築し、新しい社会資本を構築していくことになるでしょう。岸田内閣が「新しい資本主義」というのであれば、成長か分配かという二項対立を超えて、真に社会を統合していけるような新しい資本主義を実現していく必要があります。


編集後記

今回は安倍元首相の事件の関係で、通常の配信予定(15日)よりも早めて送信しています。今回の事件は本当に衝撃で大きな喪失感を感じます。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

参院選は大方の予想通り自民党の圧勝に終わりましたが、課題が山積する日本においてこの「黄金の三年間」をどのように運営するか、ここが将来振り返ったとき、今後の日本の分かれ目になるでしょう。また同時に、本文で扱った社会的疎外・分断についてはどの国も大きな課題を抱える爆弾のようなものです。
国内の分断は民主主義だけでなく平和に対する危機にもなるものです。我々国民は、自分事として対策に取り組むことができるのでしょうか。身の回りに対して何らかのアクションを起こすことから始めていきたいと思います。

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