22-08-1号:地政学と国家防衛

ウクライナ紛争と軍拡

2022年2月27日、ドイツのショルツ首相が連邦議会で演説し、ドイツ軍事費を2倍以上に引き上げ、今後GDP比で2%以上使っていくことを宣言しました。議会ではスタンディング・オベーションが起こり、再度の軍事増強がいかにドイツの悲願であったかが分かります。日本においても岸田内閣の下、防衛予算の拡大方針が決められ、ドイツ同様の規模感になっていくでしょう。今まで軍事研究には距離を置いていた日本学術会議でも「軍民両用」技術の研究を容認する発言が出ており(梶田隆章会長)、防衛予算の拡大に伴って防衛産業もにわかに活気づいてきているようです。実際、世論のタイミングというものは大事なもので、日本の再軍備を願う人々にとって今が千載一遇の機会であることは間違いありません。ただ、具体的に(おそらくロシアや中国を念頭に置いているものの)今の日本においてどのような安全保障上のリスクがあるかを議論しないままの軍拡は相変わらずの空気の支配であって、いつか来た道であるようにも感じます。


日本の軍事的な選択肢とは

可能性の議論として日本の採りうる方向性を考えると、(1)重武装・中立、(2)軽武装・日米同盟、あるいはアジア版NATOの形成、(3)軽武装・日中同盟というイメージになるでしょう。ここでは憲法上の交戦権の否認の議論は横に置き、単純な国際関係を想定しています。1番目はスイスのようなもので国民皆兵を前提にしますが、今の日本では中々困難ですし、独自の軍隊を持ったところで同盟を否定するわけではないので、自然に考えれば2番目の選択肢になってくると考えます。3番目の選択肢はアジア主義という形でいつの時代も存在する考え方ですが、現状ではあまり現実味はなく、何より米中対立を前提にすれば米軍を敵に回すこととなり、それは絶対に避けなければなりません。


歴史に学ぶ ~三国協商

今の日本の舵取りにおいて参考になるのは、おそらく20世紀初頭の英国でしょう。当時は大英帝国が衰退期に入っており、一方大陸ではドイツが影響力を増大させていました。この関係性は、20世紀に勢力を振るった日本と21世紀に台頭する中国の関係とよく似ています。英国はそれまでの「栄光ある孤立」政策をやめ、このタイミングで今までライバルであったフランスと手を結びます。また、大陸国家であるロシアとも同盟関係に入り、いわゆる三国協商の関係を築くことになりました。同時期、日英同盟(一九〇二年)も結びロシアへの牽制は怠りませんが、いずれにせよ大陸で台頭するニューパワーへの囲い込みは非常に老練なものだと言えるでしょう。翻って今の日本を考えれば、中国の囲い込みを行うために当時の英国さながら同盟関係を築いていく必要があります。現在QUADと呼んでいる、日米豪印は当然ながら、東南アジアや朝鮮半島も重要なプレーヤーです。また、今の段階からロシアとの関係性構築をどのように行うかは考えておいた方が良いでしょう。大陸国家を二分しておくのは地政学上の基本ですから、中国を仮想敵と考える場合、ロシアと手を組んでいくことは日本にとっては重要なオプションになっていくはずです。

日本の地政学を考えるにあたって重要な点は、やはり朝鮮半島の存在でしょう。歴史的な緩衝地帯の役割は薄れているとはいえ、朝鮮半島が統一されて親中勢力になってしまった場合、日本の沖縄が米中対立の最前線となってしまいます。そうなった場合、今の防衛力の規模感では不足することになるでしょうから、米軍が増えることがないとすれば、日本の自衛隊を大幅に増強するしかありません。日本軍の増強は米国にとっても東アジア諸国にとっても安全保障上の脅威であり、今の在日米軍は中国・ロシアへの防壁であると同時に日本を抑える「瓶の蓋」なわけですから、日米関係含めて緊張が走る可能性があります。朝鮮半島に反中国的な政権が存在することは、日本にとって今なお極めて重要な問題になるのです。
ウクライナ紛争を経て、世界の均衡が大きく変化しようとしています。日本はどういうポジションを取って自国を維持していくか、終戦の日のタイミングで再度考えなければなりません。


編集後記

シンガポールでは8月9日がナショナルデー、いわゆる独立記念日となっており、国全体でお祝いをしています。

日本は「終戦記念日」、シンガポールは「独立記念日」と歴史の違いを感じます。

今回は終戦記念日のタイミングで改めて日本の安全保障を地政学的に考えていきました。

特にロシアとの関係性をどう整理するかは重要な論点でしょう。

米国の地政学者スパイクマンは真珠湾攻撃直後に「戦後は日本と同盟関係に入りソ連と対抗すべきだ」と指摘しました。

自国の平和を考えるうえでは、あらゆる選択肢を冷静に考え、長期戦略を持つ必要があります。

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