【ブリュッセル効果の意義と限界】第1回 ブリュッセル効果の意義―正しい理解のために

1.ブリュッセル効果の概念をめぐる混乱


アニュ・ブラッドフォード(Anu Bradford)コロンビア大学ロー・スクール教授(写真)による著書The Brussels Effect: How the European Union Rules the World (Oxford University Press, 2019)1 を、筆者が監訳者となって『ブリュッセル効果 EUの覇権戦略 いかに世界を支配しているのか』(白水社、2022年)2 として邦訳したことが要因の1つとなって、欧州連合(EU)の規制パワーを示す用語として「ブリュッセル効果」という語がわが国でも注目を集めており、新聞報道などで頻繁に使用されるようになっています。しかし、その結果、「ブリュッセル効果」が多義的に使用される傾向があり、その概念に混乱も見られます。たとえば、「ブリュッセル効果」の概念として、「EU立法基準がEU域外諸国(第三国)の企業(または政府)の実行において採用されるようになっているすべての態様」のように緩やかな定義が用いられることがあるからです3
「ブリュッセル効果」の意味内容を正確に把握しなければ、その効果の発生の有無や程度について明確に特定できないおそれが生じます。

とくに問題となるのは、EU法の域外適用との混同です。アニュ・ブラッドフォード教授自身が次のように指摘して、ブリュッセル効果をEU法の域外適用とは異なる概念として捉えています。

「EUは、域外適用あるいは領域的拡張などの法的手法を通じて域外アクターに一方的な影響力を行使することもある。これらの手法を通じて、EUはそれ自体の規制を域外アクターに直接適用しようとする。これらの手法は、本章で議論するように、ブリュッセル効果と関連する市場駆動型調和あるいは条約駆動型調和により規制を提示しようとするEUの取り組みとは全く異なっている。出発点として、ブリュッセル効果はこれら他の一方的な影響力メカニズムとは区別されるべきものである。」4

ところが、様々な論者によりEU規制のブリュッセル効果が域外に波及する規範的影響力全般を指すように用いられていることが指摘され5、ブリュッセル効果にEU法の域外適用まで含める主張まで現れています6。そこで、以下ではブリュッセル効果の概念を事実上のブリュッセル効果と規範上のブリュッセル効果に分けて整理し、ブリュッセル効果がEU法の域外適用とはどのように異なるのかについて説明することとします。

写真  アニュ・ブラッドフォード教授講演会(演題「米中EUデジタル帝国覇権争いと行方」*、司会:庄司克宏)、2023年12月4日、慶應義塾大学三田キャンパス
*Anu Bradford, Digital Empires: The Global Battle to Regulate Technology, Oxford University Press, 2023に基づく。本書邦訳は庄司克宏監訳により2026年白水社から刊行予定。

2.事実上のブリュッセル効果(de facto Brussels Effect)


アニュ・ブラッドフォード教授は「ブリュッセル効果」について、「競争政策、環境保護、食品安全、プライバシー保護やソーシャル・メディアにおけるヘイト・スピーチの規制において基準を設定することによりグローバルな市場を規制するEUの一方的能力」を意味し、「EUは自らの基準を誰に対しても強制する必要はなく、市場原理のみで十分である」と説明しています7。。このように、EUは単一市場へのアクセスを規制し、また、特定の分野で対内的な規制を定めることにより、グローバルな基準を設定することができるのです8。それは、1つの現象として第三国におけるビジネス慣行および規制行動に対するEU規制の現実の影響力に焦点を当てるものです9。これは「事実上のブリュッセル効果」(de facto Brussels Effect)を意味し、後述するように「規範上のブリュッセル効果」(de jure Brussels Effect)とは区別されます。

このような事実上のブリュッセル効果の発生条件は、次のとおり5つあります10 (図表1)。第1に、市場規模が大きいことです。とくに消費者市場として相対的に人口が多く(EU27カ国で約4億5000万人)、1人当たりの国内総生産(GDP)が高いことです。2024年1人当たり名目GDP(IMF統計)によれば、上位30カ国のうちEU加盟国が1位のルクセンブルク、2位のアイルランドをはじめとして計13カ国を占めています11 。このようにEUの市場規模が大きいほど、企業はEU市場にとどまります。他方、市場の構造がグローバル化されているほど、企業はEUの域内・域外両方で産品・サービスを提供するようになります12

第2に、グローバルな規制権限を行使するために十分な規制能力があることです。高度の専門的知識により優良な規制が設計されるならば、企業がEU規制を遵守するコストを下げ、EUの域内・域外両方で高い収益を確保することができます。また、EUの優良な規制により、それを遵守する産品・サービスは他の国・地域の法令に適合することを確保しやすくします。他方、EU規制の十分な遵守確保(enforcement)により、規制上の不安定性が低下し、企業が遵守するようになる結果、規制コストを下げます13

第3に、厳格な基準が選好されることです。EU規制が他のすべての国・地域において適合的であることを前提として、すべての規制側面についてそれらの国・地域より厳格である必要はありませんが、より高い厳格性がまったくないならばEU規制の事実上の波及は起こりえません14

第4に、規制が消費者市場のように当該国・地域から逃避できないという意味で「非弾力的」な対象に向けられていることです。EUの域内・域外における需要と供給は、規制コストや産品・サービスの品質における所与の変化に応じて市場規模があまり変動しないという点で相対的に非弾力的でなければなりません。消費者がEU規制を遵守する企業および産品・サービスを選好する場合、企業は規制コストを負担しようとし、その面で規制に反応しなくなります15

第5に、単一の厳格な基準を不可分なものとしてグローバルに遵守する便益が、規制の甘い国・地域において緩い基準を使い分けて用いる便益を上回ること(規制の不可分性)です。それは、EU基準をグローバルに適用することに伴う規制コストである「非差別化コスト」が、EU基準に従わない産品を生産することに伴うコストである「差別化コスト」より下回ることを意味します16

以上の第1から第3の条件は、絶対的なものではなく、他の国・地域との比較における相対的な意味での市場規模、規制能力、規制の厳格さです17。他方、第4の規制対象の非弾力性および第5の規制の不可分性は、グローバル経済の性質に組み込まれた条件であり、企業のビジネス上の方針により決まり、規制機関の影響力は及びません18。事実上のブリュッセル効果が発生するには、それらの5条件がすべて必要とされます。それはEUに限定されたものではなく、アメリカや中国が5条件を充足すれば、「ワシントン効果」や「北京効果」として同様に発生する現象です19

図表1 事実上のブリュッセル効果の5条件

3.規範上のブリュッセル効果(de jure Brussels Effect)


「規範上のブリュッセル効果」(de jure Brussels Effect)には狭義と広義があります。狭義の「規範上のブリュッセル効果」は、「事実上のブリュッセル効果」から派生し、外国政府によるEU型規制の採択を意味します。EUルールに合致するように自らのグローバルな行動を適合させる多国籍企業が、EUに輸出せず経営や生産をEU規制に合致させる必要のない国内企業との競争で不利益を被らないようにするため、自国においてEU型規制の導入を求めるロビー活動を行う結果として生じます20

これに対し、広義の「規範上のブリュッセル効果」は、「事実上のブリュッセル効果」が発生しない状況であっても、(企業ではなく)他の国々や国際機構がEU型規制を導入することを意味します21 (図表2)。それには3つのパターンがあります。

第1に、第三国によるEU規制の自発的模倣である。EU法はいわゆる「大陸法」に属し、英米法系のコモンローにおける判例法主義とは異なり、成文法(制定法)主義をとっています。また、EUの公用語はフランス語、スペイン語、英語(アイルランド、マルタ)を含む24か国語で構成されています。そのため、フランス、スペインや(言語の点では)イギリスなどの旧植民地であったアフリカやラテン・アメリカ諸国などにとって模倣しやすいという利点があります。

第2に、EUによる一方的な「同等性」(equivalence)条項です。その例として、「一般データ護規則」(General Data Protection Regulation: GDPR)22における「十分性」決定23 (adequacy decision)24 があります。「十分性」とは、EU域外の国・地域の個人情報保護法がGDPRと本質的に同等のデータ保護水準を確保していることを意味し、EUのコミッションがそれを認める「十分性決定」を行うならば、域外の国・地域の企業がEU域内で取得した個人情報を域外移転することが認められます。

第3に国際機構・国際条約等におけるEU型規制の導入です。これは、国際機構や国際会議での条約交渉におけるEU規制の影響力の程度に左右されます。たとえば、「国際標準化機構」(International Organization for Standardization:ISO)におけるEU規制の影響力が挙げられます25。EUはすでに2020年に「持続可能な投資を促進するための枠組みの確立に関する規則2020/852(タクソノミー規則)」26 を制定し、「どの程度投資が環境上持続可能かを確立するために、経済活動が環境上持続可能とみなさるか否かを決定するための基準」(タクソノミー規則第1条1項)を定めています。それを受けて、ISOのグリーン債券に関する国際標準規格である「ISO14030(環境実績評価-グリーン債券)」27はEU規制の影響を強く受けており28、また、とくに2020年7月に公表された「ISO14030-3(タクソノミー)」29はEUタクソノミー規則が色濃く反映されています。30

しかし、国連食糧農業機関(Food and Agriculture Organization of the United Nations :FAO)と世界保健機関(World Health Organization :WHO)が国際食品基準を作成するために1963年に設立したコーデックス委員会(Codex Alimentarius Commission :CAC)においては31、EU規制の影響力は限定的です。EUは域内で食品安全の分野で厳格な基準を有しますが、そのような厳格な基準が支持を得られず、他の国・地域の基準と競合して表決で敗れる傾向があると指摘されています32。そのため、EUが他の国・地域の支持を得られない場合、妥協による規制の協調構築が必要とされ、EUの基準をそのまま採用するのではなく他の諸国が選好する基準を採り入れる必要があるわけです33

図表2 規範上のブリュッセル効果

4.EU法の域外適用とブリュッセル効果の区別


「域外適用」(Extraterritoriality)とは、簡単に言うと、EU措置の適用が、規制対象の活動とEU加盟国との間における領域的連結(a territorial connection)の存在に依存しない場合をいいます34。すでに述べたとおり、アニュ・ブラッドフォード教授自身はブリュッセル効果をEU法の域外適用とは異なる概念として捉えているのに対し、様々な論者によりEU規制が域外に波及する規範的影響力全般を指すように用いられ、ブリュッセル効果にEU法の域外適用まで含める主張まで現れています。

たしかに事実上および規範上のブリュッセル効果が発生する場合、域外国においてEU法が遵守されるという現象が生じています。しかしその結果として、現地の国内法が適用されないということにはなりません。なぜならば、第1に事実上のブリュッセル効果の場合、多国籍企業は自発的にEU規制をグローバルに不可分なものとして適用しますが、それは厳格な基準であるため域外国の法に違反しない結果、国内法で許容されるのです。万一違反する部分がある場合には、現地法に適合する形でEU規制が適用されることになります。また、第2に規範上のブリュッセル効果の場合には、域外国においてEU規制が国内法として導入されているので、実際に適用されるのは現地法ということになります。

このように、事実上のブリュッセル効果では多国籍企業がEU規制を域外国の法に適合するように遵守し、また、規範上のブリュッセル効果ではEU規制が域外国の法に導入されて運用されます。つまり、ブリュッセル効果は現地の国内法の中で発生しているわけです。それは、法の遵守確保(enforcement)においても同様であり、域外国の国内法として、EU規制が内容的に遵守確保されることになります35

さらに、ブリュッセル効果はEU法の域外適用の一形態ではないので、たとえば企業が非EU加盟国においてEU法の要件を遵守しない場合、その要件は非加盟国の法が認める限りにおいてのみ非加盟国により遵守確保されるにとどまります。そのような効果を発生させるのは、EU法ではなく、EU規制と同じ基準にたまたま従っている国内法なのです。EUはこの遵守確保において何ら役割を果たしません。EUは他国に対して、(その旨の合意がない限り)EU法基準を採択し、適用し、遵守確保するよう義務づける法的手段を持ちません。たとえブリュッセル効果から何らかの影響を受けるとしても、非加盟国が依然として自国法の営みにおいて中心的な役割を維持しているのです36


  • 1.Anu Bradford, The Brussels Effect: How the European Union Rules the World, Oxford University Press, 2019.

    2.アニュ・ブラッドフォード著、庄司克宏監訳『ブリュッセル効果 EUの覇権戦略 いかに世界を支配しているのか』白水社、2022年。本書から引用を行う場合、以下では邦訳書から引用する。

    3.Greenleaf, Graham, EU AI Act: Brussels Effect(s) or a Race to the Bottom? (July 17, 2024). (2024) 190 Privacy Laws & Business International Report, pp. 1-10 at 1, available at SSRN: https://ssrn.com/abstract=4975172 or http://dx.doi.org/10.2139/ssrn.4975172, accessed 22/06/2025.

    4.アニュ・ブラッドフォード、前掲注2、112頁。

    5.Almada, Marco and Radu, Anca, “Brussels Effect” (January 31, 2025), pp. 1-5 at 1, Forthcoming, Elgar Concise Encyclopedia on Extraterritoriality and the Law (Parrish, Ryngaert, Ireland-Piper (eds)), available at , accessed 22/06/2025.

    6.Greenleaf, Graham, op. cit. supra note 3, p. 2, 3. 須網隆夫「EU 法のブリュッセル効果」『EU法と日本企業─域外適用・ブリュッセル効果への対応─』、21 世紀政策研究所 研究プロジェクト(研究主幹:須網 隆夫)、2025年4月所収、10~17頁、(閲覧日2025年6月22日)。

    7.Anu Bradford, The European Union in a globalised world: the “Brussels effect”, APA, Groupe d'études géopolitiques, Aug 2021, pp. 75-79, , accessed 22/06/2025.

    8.Romain Chuffart, Andreas Raspotnik and Adam Stępień, “Our common arctic? A more sustainable EU-arctic nexus in light of the European green deal”, The Polar Journal, Vol. 11, No. 2, 2021, pp. 284-302 at 298.

    9.Ioanna Hadjiyianni, “The European Union as a Global Regulatory Power”, Oxford Journal of Legal Studies, Vol. 41, No. 1, 2021, pp. 243–264 at 247.

    10.アニュ・ブラッドフォード著、庄司克宏監訳『ブリュッセル効果』前掲注2、55~107頁。

    11.「世界の1人当たり名目GDP 国別ランキング・推移(IMF)」『GLOBAL NOTE』、データ更新日2025年4月25日、(閲覧日2025年6月22日)。

    12.Charlotte Siegmann and Markus Anderljung, “The Brussels Effect and Artificial Intelligence”, Centre for the Governance of AI, August 2022, p. 27, available at < https://www.governance.ai/research-paper/brussels-effect-ai >, accessed 22/06/2025.

    13.Ibid., p. 27, 28.

    14.Ibid., p. 27.

    15.Ibid., p. 28

    16.Ibid.

    17.アニュ・ブラッドフォード著、庄司克宏監訳『ブリュッセル効果』前掲注2、108頁

    18.同上、56頁。

    19.同上、107、108頁。

    21.同上、24、25頁。

    22.Regulation (EU) 2016/679 of the European Parliament and of the Council of 27 April 2016 on the protection of natural persons with regard to the processing of personal data and on the free movement of such data, and repealing Directive 95/46/EC (General Data Protection Regulation) , OJ L 119, 4.5.2016, p. 1.

    23.GDPR規則第45条。

    24.Oskar Josef Gstrein and Andrej Janko Zwitter, “Extraterritorial application of the GDPR: promoting European values or power?”, Internet Policy Review, Vol. 10, No. 3, 2021, p. 11, 12, available at , accessed 22/06/2025.

    25.Abraham L. Newman & Elliot Posner, “Putting the EU in its place: policy strategies and the global regulatory context”, Journal of European Public Policy, Vol. 22, No. 9, 2015, pp. 1316-1335 at 1325-1327.

    26.Regulation (EU) 2020/852 of 18 June 2020 on the establishment of a framework to facilitate sustainable investment, and amending Regulation (EU) 2019/2088, OJ L 198, 22.6.2020, p. 13.

    27.ISO 14030-1:2021, Environmental performance evaluation — Green debt instruments — Part 1: Process for green bonds, 2021-09.

    28.大野香代「「タクソノミー」話題提供(2)国際標準化機構(ISO)におけるタクソノミー規格開発とEUタクソノミーとの比較」、2020年度第4回エネルギー政策懇話会、産業環境管理協会、2020年11月20日開催、(閲覧日2025年6月22日)。

    29.ISO 14030-3:2022, Environmental performance evaluation — Green debt instruments — Part 3: Taxonomy, 2022-07.

    30.「ISO14030(グリーンボンド)の動向」『LCAF(エルカフ)通信』日本 LCA 推進機構、No.09、2020 年 8 月 30 日号、1頁、(閲覧日2025年6月22日)。

    31.Abraham L. Newman & Elliot Posner, op. cit. supra note 25, p. 1325, 1329, 1330.

    32.Ibid., p. 1330.

    33.Alasdair R. Young, “Europe as a global regulator? The limits of EU influence in international food safety standards”, Journal of European Public Policy, Vol. 21, No. 6, 2014, pp. 904-922.

    34.Joanne Scott, “The Global Reach of EU Law” in Marise Cremona and Joanne Scott(eds.), EU Law Beyond EU Borders: The Extraterritorial Reach of EU Law, Oxford University Press, 2019, pp. 21-63 at 22-24. これに対し、「領域的拡張」(Territorial Extension)とは、域外適用と類似するように見えるが概念として異なり、EU措置の適用がEUとの領域的連結の存在により引き起こされるが、当該EU法の遵守の判断が外国での行為および(または)第三国法の評価を必要とする場合を指す。この場合の領域的連結は、EU加盟国領域内での行為またはEU内における物理的もしくは法的存在(presence)の形式をとる(Ibid., pp. 22-25)。

    35.Almada, Marco and Radu, Anca, op. cit. supra note 5, p. 4.

    36.Ibid.

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