米国の移民状況と日本への含意

1.移民に関する話題の盛り上がりについて


このところ移民に関する話題が増えています。欧州では、6月6~9日にかけて実施された欧州議会選挙で、移民問題や環境政策などを争点化した極右政党が勢力を拡大しました。米国では、バイデン大統領が5月1日に、「移民を歓迎していることが米国の経済成長の理由の一つ」と述べた上で、「日本とインドには外国人嫌悪があり移民を受け入れたがらない国」と発言しました。

一方、バイデン大統領は6月4日に、不法にメキシコ国境を越える移民の入国を制限する大統領布告を発表するなど、米国内で移民増加を問題視する声に配慮する必要にも迫られています。Gallupが行った米国民への世論調査では、米国の最も重要な問題について「移民」と回答する割合が「経済」や「政府/リーダーシップの欠如」、「インフレ」を抑えて一番多く(図表1)、来る11月の大統領選ではトランプ前大統領が不法移民排斥の姿勢を明確化していることもあり、移民政策が大きな論点の一つになると見込まれます。

図表1:米国の最も重要な問題についてのアンケート調査

2.移民が米国経済に与える影響


米国経済は足元でやや軟化する経済指標も確認され始めていますが、これまで非常に堅調に成長してきました。もっとも当初は、コロナ禍やウクライナ紛争を経たインフレに対するFRBの急速かつ大幅な利上げが経済を大きく押し下げ、低成長となることが予想されていました。実際、IMFの予想では、米国の実質GDP成長率は23年・24年共に前年比+1%前後と、平均的な成長率である同+2%程度を大きく下回る成長となることが見込まれていました(図表2)。結果、23年は同+2.5%と想定以上に経済が好調に推移し、24年も今年4月の見通しでは同+2.7%まで成長率が上方修正されています。

図表2:IMFによる米国の実質GDP予想の変遷

こうした好調の背景には、コロナ禍での財政支出や利上げのタイムラグなど様々な要因が推察されますが、バイデン大統領が述べるように移民の増加も大きな理由の一つです。米議会予算局(CBO)は今年1月に米国の人口動態予測を発表しましたが、その中で2023年の移民増加数が従来の120~130万人から330万人に大きく上方修正され、この事実は市場参加者に驚きと共に受け止められました。これまで米国の最も注目の高い経済指標の一つである雇用統計の雇用者数は市場予想を上回る結果が続き、それが米国の好調な景気を支えてきましたが、その大きな理由の一つが移民の増加であることが明確に判明したためです。この結果、米国の移民は、コロナ禍前の2019年までは毎年約100万人流入していましたが、22年以降に大きく増加し23年には約330万人まで増加したということになりました(図表3)。

図表3:米国の移民増加の内訳

人口全体の変動は出生数と死亡数の差による「自然増減」と、外国人の流入数と自国民の流出数との差による「移民純流入」の2つに分けられますが、足元の人口増加はそのほとんどが「移民純流入」であり、移民が米国の人口増加を支えていることになります(図表4)。こうした移民を中心とした労働力の増加が米国経済の強さにつながっており、議会予算局は米国の平均的な成長率を示す潜在成長率を上方修正しています(図表5)。

図表4:米国の人口増減推移と内訳

図表5:米国の潜在成長率

3.移民増加のメリットとデメリット


これまでみた通り移民は足元の米国経済を支えていますが、一方でマイナスの影響も意識されています。2023年にGallupが実施した米国民へのアンケート調査では、「食料・音楽・芸術」や「経済」はポジティブな評価が上回る一方、「薬物問題」や「治安」、「税」、「就労機会」はネガティブな評価が上回っています。移民の増加によって実際に治安が悪化するかどうかについては様々な意見がありますが、少なくとも米国民は治安が悪くなると考える割合が多いことを示しているほか、「税」に関しては移民受入れに伴うコストを税で賄うリスクについて懸念しているものと推察されます。また、「就労機会」については「良くなる」と「悪くなる」がほぼ拮抗していますが、アンケート調査を実施した2023年は非常に労働需給がひっ迫しており雇用に関する懸念が少なかったとみられるため、景気が軟化した場合には「就労機会」に対する懸念は増加する可能性があると思います。

図表6:移民が米国に与える影響についてのアンケート調査

また、「今後10年間で不法移民が米国の脅威となるか」との問いに対して、移民が急増する前の2021年に比べて、2024年は「致命的」と答える割合が増加しており、移民増加と共にデメリットも意識されやすくなっていることが伺われます。

図表7:今後10年間で不法移民が米国の脅威となるかについてのアンケート調査

移民の増加は、人口増加によって労働供給を増加させ、同時に個人消費などの需要も押し上げるほか、イノベーションを促進する側面もあり、経済全体ではプラスの影響があると考えられます。一方、労働供給が増えるということは、労働市場で移民と競合関係にある労働者にとっては、就労機会の喪失や労働需給の緩和による賃金の低下などマイナスの影響があると推測されます。経済全体ではメリットがデメリットを上回ると想定される一方で、デメリットは一部に集中することからそうした層の不満がたまり、欧州議会選挙での極右政党の躍進や、移民政策が米大統領選挙の大きな争点となることにつながっていると思われます。

4.日本の移民の状況


翻って日本の移民の状況を確認すると、人口に対する永住型移民数の割合はOECDの中でも非常に低い水準となっています(図表8)。

図表8:OECD加盟国の人口に対する永住型移民数の割合

「24-02-1号: 人口減少問題への手触り ~2022年の国勢調査をベースに」で触れたように、国立社会保障・人口問題研究所の日本の人口の将来推計では2070年には外国人割合が12%となる前提で試算されており、国内の人口減少が予想されるなかで外国人材の確保は日本の大きな課題となっています。

現状、外国人材確保のための日本の政策としては、「特定技能制度」があります。「特定技能制度」は2019年4月に創設され、国内人材を確保することが困難な状況にある産業分野において、在留資格を付与することで外国人を受け入れる制度です。今年4月には対象産業の追加と共に、2024年度から5年間の受入れ枠の上限がこれまでの2倍超となる82万人に拡大されました。実質上の移民政策とも解釈できますが、政府は移民政策ではないとの姿勢を堅持しています。その背景には、自民党の一部に移民反対の意見があるほか、国民内でも移民に対するコンセンサスが形成されていないことがあると考えられます。

日本人の移民に関する意識に関するアンケート調査では、現状では半数以上が「制限を設けるべき」、「禁止すべき」と回答しており、移民を積極的に受け入れている国々に比べるとやや否定的な感情をもっていると推察されます(図表9)。もっとも、出入国在留管理局が今年初めて公表した、日本人を対象とした外国人との共生に関する意識調査では、年齢が若くなればなるほど外国人に対して「好ましい」、「どちらかといえば好ましい」と回答する割合が増えています(図表10)。同時に、外国人との交流機会は若くなればなるほど多い傾向にあることが分かっており(図表11)、交流する機会が増えれば、外国人への感情も良くなる可能性があると考えられます。

図表9:移民に関する意識調査

図表10:外国人との共生に関する意識調査

図表11:外国人との交流頻度

移民の増加は、米国民の間で懸念されている通り、治安悪化や就労機会減少などのデメリットがある可能性がある一方、経済への全体的な影響としては大きなメリットがあると考えられます。特に日本はめぼしい資源がない中で、世界屈指の経済規模を武器に世界全体への影響力や発言力を保ってきました。また、人口減少による経済成長の低迷は、財政へも影響しそれは将来の社会保険制度・年金制度にも影響を与え得ます。政府は、移民増加のメリットとデメリットをきちんと提示した上で、国民のコンセンサス形成を図り、移民政策を考えていく必要があると思います。日本は海に囲まれているほか、言語の壁や最近の円安による賃金の低下など、外国人からみて移住することへの様々なハードルがあり、積極的に移民を推進するのであれば早めにそうしたことへの対策を講じる必要があるのではないでしょうか。

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